2006-08-10 18:44:50小葵

東京タワ-32

耕二は断った。運転を代わったりしてはいけないと、あらかじめ言い渡されていたのだ。
「お願い」
喜美子は片手でおがむ恰好をした。
「私、駐車苦手なのよ」
知ったことか、と、思った。ばばあ、と。
「私が隣の車にぶつかったりしたら、あなただって責任を問われるでしょう?」
「いいえ」
耕二はきっぱり言ってやった。喜美子はかなしそうな顔をした。
トランシ-バ-で見張りの男に相談すると、男は、代わってやれ、と、言った。しょうがねぇな、と。
「高いですよ」
車を停めながら、耕二は言った。
「俺はタダでは働きませんから」
人妻を誘うのは簡単だ。あのときもいまも、耕二はそう思っている。あのひとたちはたのしみに飢えているのだ。秘かなたのしみに、日常かたの脱出に。
喜美子の習い事は諳んじている。華道も茶道も「いけるところまでいった」と喜美子は、目下フラメンコに夢中になっている。そのほかにヨガと料理とフランス語を習っていて、きょうはヨガの日だった。
ヨガの教室は惠比寿のホテルにいった。
喜美子は黒い下着をつけていた。抱くと肋骨があたるほど痩せていて、しかしフラメンコの賜か、手足は美しく筋肉がついて力強い。手のひらの大きいことが、昔からコンプレックスなのだと言っていた。
耕二は喜美子の手のひらが好きだ。普段はつめたいのにベッドでは温度があがるところも、耕二の肌をなでるときの狡猾な動きも、股間にすべりこみ、耕二をやさしくつかんだり包んだりするときの貪欲な甘さも。
「どうしたら俺はもっと喜美子さんをよくしてあげられる?」
喜美子はそのたびの股間から顔を上げ、
「黙って」

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