2006-10-01 19:43:40小葵

東京タワ-39

四、
父親は、チェックのシャツにセ一タ一を重ね、コ一デュロイのずぼんをはいている。
「大学でも、優秀なのかな」
変な訊き方をした。
「全然優秀じゃないですよ」
透はこたえる。割り箸で割った大根から、だし臭い湯気がのぼった。
「留年はしないですよ」
父親とは、ごくたまにしか会わない。会っても、いままで進路について相談したこともなければ、個人的なこと---たとえば恋人の存在とか、新しい友達とか---について話したこともない。金の無はをしたこともなければ、夜更けまで飲んだこともない。それでも、父親に会いたいと言われれば、透は指定された場所に出向くことにしている。おでんでも食うか。今回、父親はそう言った。
「お母さんは元気かな」
いつもの質問だ。
「元気ですよ」
いつものようにこたえた。
「忙しいみたい。出張も多いし」
あいかわらずで、このあいだもひどく酔っ払った、と、つけたすと、父親は苦笑いをした。
父親の、新しい妻は酒を飲むのだろうか。透は考える。図書館に勤めていると聞いた。父親と同い年だという。いい妻なのかもしれない。
正直なところ、でもそれは自分と関係のないことだ、と、透は思う。関わりたくない、と。ようやく自分にも、自分だけの生活がみつかったところだ。透はそう感じている。
それは忽然と姿をあらわした。父といるときの自分とも、母といるときの自分とも、耕二といるときの自分とも、違う自分が存在した。それは、家にいる時間とも、全く違う間間を発見したことと関係があるのだろう。詩史との時間。
透は、どこにも属していない自分をはじめて発見したし、その本来の自分ともいうべき自分でいることが気に入っていた。自然で自由で幸福だった。そして、その自分は詩史さんによって存在させられている。

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