2006-09-10 00:55:48小葵

東京タワ-34

繁華街のビリヤ一ド場はしずかで、黒服のバイトが数人、カウンタ一にもたれてしゃべっている。
深夜、透が部屋で本を読んでいると、泥酔した母親が帰宅した。
「ほら、陽子さん、お家ですよ」
「靴、陽子さん靴を脱いで」
幾人かの女の声がする。
「しょうがないな」
透は舌打ちをして立ち上がった。女たちが部屋にあがりこむ音、台所の床を踏む足音。
「すみません」
透は廊下にでてたちに言つた。母親は所で、流し台の縁につかまっている。
「あら、透、ひさしぶり」
ふりむいて、不機嫌に言った。
「ひさしぶりじゃないよ、今朝も会ったでしょう」
台所にいき、冷蔵庫からミネラルウォ一タ一の壜をだしてコップについだ。
「酔っ払っちゃったわ」
母親は低い声で言う。
「みればわかるよ」
そのあいだも、女たちは背後で喧しい。やさしい息子さん、とか、素敵なお家、とか。アルコ一ルのせいで一様につややかな顔をして、もとはさぞべったり塗ってあったのだろうと思われる口紅が、おびただしい---に違いない---飲食のせいではげて薄くなっている。もはやすっかり体臭と同化した、数種類の香水の匂い。

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