2006-08-09 21:38:56小葵

東京タワ-31

客が一人もいなくても、商員は玉を突いてはいけないことになっている。当然だ、と、耕二は思う。午後七時。昼間の客がすっか帰り、商はつかのまがらんとしている。
ビリヤ-ド場というのはおもしろいところだ。下手な奴めったに来ない。学生のグル-プも中年のカップルも、みんなそれなりにいい音で玉を突く。
昼間、喜美子と寝た。ラブボテルとか呼ばれる類の場所で、二時間あまりの逢瀬だった。
十六歳の夏にはじめてできた彼女と初心者同士でしてい来、耕二は八人の女と__なりゆきも含めて__寝た。喜美子とのそれは、そのなかで群を抜いている。圧倒的だ。合性と呼ばれるものなのか、テクニックと呼ばれるものなのか、耕二にはわからなかったがともかくいつも感動する。感動。それがぴったりの表現だった。
喜美子は稽古事フリ-クなので、週に四日外に出る。愛車の赤いフィアット.パンダに乗って。
フィアット.パンダ。耕二は微笑ましく思いだす。二人が出会ったそもそものきっかけが、その赤い車だったのだ。七カ月前、イベント会場のだだッぴろい駐車場でアルバイトをしタときだ。耕二の仕事は車の誘導で、トランシ-バ-を持たされて、見張りの塔のようなところにすわった別の男から、「Eの8」だの「Cの6」だの指示を受け、そこに車をつれていく、というものだった。
彼女の駐車場所は隅だった。喜美子はてこずった。手前にでかい車が停まっていて、何度もバンドルをきり直しては、車の中で悪態をつくのがみえた。やがてするすると窓があき、
「やってもらえないかしら」
と、不機嫌な声がした。
「それは俺の仕事じゃありませんから」

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