2005-02-06 19:26:16linyin

【作業】第15課 上高地

15課 上高地

上高地は標高1500メートルの地点にあり、かつて「神河内」とか「神合地」とか「神降地」とか書かれた。イギリスの宣教師ウォルター・ウェストンが来日し、上高地から穂高に登り、著書「日本アルプス登山と探検」で、日本の山を世界に紹介した。彼は日本に近代登山術も導入した。今でもウェストンを偲んで、毎年6月に上高地にある石碑の前で、講演会やコーラスなどが催されている。

上高地へは長野県の松本から電車で30分、新島々駅で下車、ここからバスで上高地バスターミナルまで1時間15分。マイカーで行く場合は、夏休みや紅葉の頃は交通規制があるため、上高地までマイカーで乗り入れることが出来ないので、松本から国道158号を走り、沢渡駐車場で車をあずけ、バスかタクシーに乗り換えて、上高地ビジターセンターまで行く。山岳道路の道幅はだんだん狭くなり、途中「釜トンネル」では、片側通行をしているので、40分以上待たされることがある。その間まどから外に目をやると、道のすぐ脇を流れている川は、硫黄で黄色くなった岩をなでるように流れていく。その川の上を緑の枝を覆いかぶさっている。

上高地にはいくつか有名なところがあるが、中でも梓川に架かっている木のつり橋「河童橋」から見えるすばらしい山の景色は印象深い。焼岳(2455m)や穂高連峰―西穂高岳(2909m)、前穂高岳(3090m)、奥穂高岳(3190m)、北穂高岳(3106m)―が目の前の迫ってくる。遠くに槍のように尖っている槍が岳(3180m)がそびえている。アルピニストたちは、この雄大な山々と、麓を流れる梓川の清流の魅力に引きつけられて上高地から山に登る。1924年、エベレスト(チョモランマ)登山には成功しなかったイギリスのマロリー卿が、「どうして山に登るのか」と言う質問に対して、「山がそこにあるから登るのだ」と答えたとおり、アルピニストたちは、日本アルプスの山々に登る。

「大正池」は大正4年(1915年)焼岳の大噴火のため梓川がせき止められて出来た池で、噴火のときの枯れたカラマツや白樺の木が水面から突き出ていて、朝もやに包まれると、神秘的なムードに覆われる。晴れた日には、穂高連峰が池の水面に映し出されて美しい。

梓川のほとりを歩いていると、珍しいケショー柳が見られる。この柳の木は寒さが厳しい地方で、水があって枯れた土地にしか育たない。四季折々に葉の色が変わり、冬には赤くなった枝に氷がつく。真白い雪の山を背景に、赤いクリスタルの樹氷が、日の光に照らされて、キラキラ輝く。ケショー柳といわれる理由は、若い柳の木の枝だけ白粉で化粧したようになるからである。

新鮮な山の空気を胸いっぱい吸いながら、さらに砂利道を2時間ぐらい歩くと、徳沢キャンプ場に着く。夏には赤や青やオレンジ色のテントでは花畑のようになる。早朝、前穂高岳に日が差すと、キャンパーたちは起き、顔が切れてしまいそうな冷たい水で顔を洗い、朝食を作る。それから各自の一日の行動を始める。

上高地帝国ホテルは山だけリゾートホテルとして有名である。4月下旬から11月上旬まで営業していて、2万9000円ぐらいから3万5000円ぐらいで泊まれる。ホテルラウンジ「グリンデルワルト」でコーヒーを飲んで、一休みをする。スイスを思わせる山荘と赤い屋根は、まわりの緑の木々とよく合っていて、まるで絵にかいたようだ。外は、音と言う音が森の吸い込まれてしまったように静かだ。この静寂の中に何時までも居られたらと思う。

上高地が人気があるのは、アルプス登山の出発点としてだけではなく、多くの人が都会から離れ、このすばらしい自然を味わい、感動し、また来たいと熱望するからである。上高地というところは、人の心をとらえて放さないところである。

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第15課 上高地

上高地是標高1500公尺的地點,以前被稱作「神河內」或是「神合地」或是「神降地」。英國的傳教士華特威斯頓來到日本,從上高地往穗高爬山,在著作「日本阿爾卑斯山登山與冒險」裡,向世界介紹日本的山。他連近代登山術也引進到了日本。到至今為了追思威斯頓,每年6月在上高地的某個石碑前,舉辨演講會或是合唱團等活動。

往上高地是從長野縣的松本坐電車30分鐘,在新島島車站下車,從那裡坐公車到上高地公車終點站是1小時15分鐘。自行開車去的情況是,因為暑假或是紅葉季節有交通管制,到上高地為止是不行開車進入的,所以從松本開始,行走國號158號,在澤渡停車場寄放車輛,換搭公車或是計程車,再去上高地地遊客中心。山岳道路的道寬漸漸地狹窄,中途「釜隧道」因為是單向道的關係,所以曾有過等待了40分鐘以上的情形。在這期間,從窗子往外看,流在道路旁的河川,就如同撫摸著被硫黃染黃的岩石慢慢地流著。在那河川上掉落著綠色樹枝。

上高地有幾處有名的地方,裡頭從架在梓川上木製的吊橋「河童橋」上所看得見的美麗的山景色讓人印象深刻。燒岳(2455m)或穗高連峰-西穗高岳(2909m)、前穗高岳(3090m)、奧穗高岳(3190m)、北穗高岳(3106m)從眼前緊迫而來。遠處聳立著如茅一般尖銳的槍岳(3180m)。登山家們被這雄壯的山和流於山腳下的梓川的清溪的誘惑,從上高地開始爬山。1924年爬聖母峰(珠穆朗瑪)沒成功的英國人馬洛里長官,面對「為什麼要爬山呢?」這樣子的疑問,他回答「正因為山在那裡,所以才爬山」就如同那個答案一樣,登山家們爬著日本的阿爾卑斯山的各山脈。

「大正池」是在大正4年(1915年)因為燒岳的火山爆發,堵住梓川而形成的池子,噴火時枯萎的落葉松或白樺樹的樹枝從水而突出,只要被晨霧包圍,就會被神秘的氣氛給籠照。晴天時,穗高連峰會從水池的水面映照出來,非常美麗。

走在梓川的池畔,就可以看到珍貴的化粧垂柳。這種垂柳的樹只能生長在冷得厲害的地方,有水、枯乾的土地上。應時四季,葉子的顏色變化,冬天會變紅,樹枝會結冰。以雪白的雪山為背景,紅色的水晶樹掛,被日光照射地閃閃發光。被叫化粧垂柳的理由是因為,只有年輕垂柳的樹木的樹尖像是上了粧一樣。

一邊吸入滿滿的新鮮山上的空氣,再步行約2小時的碎石道路,就會到達德澤露營區。在夏天因為紅色、藍色或橘色的帳篷而變得像是花圃一樣。早晨,前穗高岳只要陽光照射,露營者們就起床、用像是會冷死人的冷水洗臉後,做早飯。然後開始各自的一日活動。

上高地帝國飯店以山岳避暑飯店而有名。從4月下旬到11月上旬營業,2萬9000元到3萬5000元左右就可住宿。在飯店休息室的「格林德爾瓦爾德」喝杯咖啡,休息一下。讓人想到德國的山莊和紅色屋簷、和周圍的綠色樹木非常合適,宛如成了一幅畫一樣。外頭的聲音就像是會被吸入森林一般的安靜。我覺得在這寂靜之中不論何時都能夠居住。

上高地之所以會有人氣,並不是只有因為是阿爾卑斯山的出發點而已,而是因為多數人從都市遠離,體驗如此美妙的自然,有著還要再來的渴望。上高地這種地方是,抓住人心不放的地方。

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翻譯日期:04年9月21日

資料來源:日本語中級讀解進階(大新書局)第15課

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