原文 神無ノ鳥 シーン回想 番外編 【振り仮名付き】 十
神無ノ鳥 シーン回想 番外編
十
神無山―常闇の間【とこやみのま】
(斑鳩)「…では、半月後【はんつきご】に魂を回収しろと?」
通い慣れた『常闇の間【とこやみのま】』で、斑鳩は義務的に問う。
(*)『その通り…』
一寸【いっすん】先【さき】さえも見えぬやみのなかから、しわがれた声が聞こえてくる。
だが声の主【ぬし】が老人の姿をしているのか若いのかは、斑鳩には分からない。
(*)『……その…対象は、この…娘だ……』
声の主が言い放つと同時に『その相手』の姿が、斑鳩の脳の中へと飛び込んでくる。
(斑鳩)「……!これは……」
斑鳩は愕然【がくぜん】とした。呼吸をするのを忘れるほどに。
斑鳩の網膜【もうまく】に映った【うつった】、その姿は…
(斑鳩)「…紗……?」
他人の空似【そらに】であると必死に思い込もうとする。
しかし娘は、どう見ても紗以外の誰でもない。
(*)『この娘を……知っておるのか?』
冷徹【れいてつ】な声が、厳か【おごそか】に響き渡る。
(斑鳩)「いえ、知りません……」
心臓が潰れてしまい【つぶれてしまい】そうなくらいの衝撃を受けながら、表面上は平静【へいせい】を装った【よそおった】。
しかし斑鳩の動揺ごとき、声の主にたやすく見破られていた【みやぶれていた】かも知れない。
(*)『…ならば、良い。そなたの任務は、あの娘を彼岸へと旅立たせる事じゃ。半月後の任務じゃ。…急ぐ【いそぐ】事は無いが、心に留めておくがよい』
(斑鳩)「………」
(*)『斑鳩、どうしたのじゃ?何故【なにゆえ】、黙っておる』
(斑鳩)「いえ、了解…致しました」
驚きで引きつったままの喉から、ようやくその言葉を搾り出す【しぼりだす】。
(*)『…ならば、良い。…下がれ』
(斑鳩)「……はい」
軽く会釈【えしゃく】をした後、斑鳩はつとめて平静を装いながら部屋を出た。
(斑鳩)「………」
自室【じしつ】へ戻る間【あいだ】中【じゅう】、斑鳩は考えていた。
なぜ命令を聞いたとき、あんなにも驚愕【きょうがく】したのだろう。
紗は限りある生命を持つ『人間』だ。遅かれ早かれ、いつか死は訪れる。
人によって差はあれど、死は平等【びょうどう】にもたらされる。
紗の場合、それが人よりも早かっただけなのに……
(斑鳩)『そなたは疲れておるのか?『神無ノ鳥』である事に』
あの『神無ノ鳥』に言って聞かせた言葉が、今更ながら蘇る【よみがえる】。
一旦引き受けた以上、命令を拒否する【きょひする】事は出来ない。人に死をもたらす事が出来ぬ『神無ノ鳥』は、露ほどの価値も無い。
それなのに何故、胸が締め付けられる【しめつけられる】のだろう?
(斑鳩)「…つまらぬことを考えるな」
紗は生き延びさせたところで、この先どれだけの幸福があるというか。
僅か【わずか】な食料の為に男と身体を重ね、あの社で寝起きするだけの日々に。
若さが衰えれば【おとろえれば】、村人に見向きもされなくなって飢えて【うえて】死ぬだけではないか?
ならば早い内に彼岸へ旅立たせ、新たな生を授ける【さずける】方【ほう】が良いんのではないか?
(斑鳩)「……そうだ。今のまま生きて伸びたところで…」
斑鳩は虚ろな口調【くちしらべ】で、独りごちた【独り言つ=ひとりごつ(古語;特殊)】……。