原文 神無ノ鳥 シーン回想 番外編 【振り仮名付き】 七
神無ノ鳥 シーン回想 番外編
七
神無山―閨【ねや】の廊下
神無山へ戻ってから。斑鳩は明日【あした】の任務に備える【そなえる】為、閨【ねや】へと戻ろうとすると。
(???)「…斑鳩殿」
すれ違った『神無ノ鳥』に声を掛けられた【かけられた】。
(斑鳩)「何か用【よう】か?」
(神無ノ鳥)「いや、特別な用事【ようじ】がある訳では無い。このところ、ずいぶん熱心に【ねっしんに】魂を回収しておると思い感心しておる【かんしんしておる】だけだ」
(斑鳩)「…私は、以前と変わらぬ【かわらぬ】。このところ特に【とくに】ねっしんに任務をこなしている訳ではない」
(神無ノ鳥)「そうか。なるほど」
能面のように表情【ひょうじょう】の無い顔で『神無ノ鳥』は呟く。
『神無ノ鳥』には感情の起伏【かんじょうのきふく】というものが存在しない。人間たちの死を見つめ続けている内に【うちに】そうなるのか、元々【もともと】そうなのか分からないのだけど。
(神無ノ鳥)「気に障った【きにさわった】のならば許せ【ゆるせ】。先程の言葉に他意【たい】は無い」
(斑鳩)「……分かっている」
斑鳩がそう告げて【つげて】、再び歩き出そう【あるきだそう】とすると。
(神無ノ鳥)「…斑鳩殿」
(斑鳩)「何だ?」
(神無ノ鳥)「………」
神無ノ鳥は、次【つぎ】の言葉を繋ぐ【つなぐ】のわ躊躇【ちゅうちょ・ためらう】している様子だった。
(斑鳩)「…用があるならば、早く言え。黙【もく】している者に付き合うほど時間は無い」
斑鳩が答えを急がす【いそがす】と、神無ノ鳥はこう問うてきた
(神無ノ鳥)「日常【にちじょう】に倦むことは……無いか?」
(斑鳩)「倦む?」
(神無ノ鳥)「自分が『神無ノ鳥』でなければと…思った事は無いだろうか?」
(斑鳩)「………」
斑鳩は無言のまま、考える。
『神無ノ鳥』でなければ…と言われても、そんな状況は想像すら出来ない。
もし斑鳩が人として生まれていれば、先程会った紗のように、死んだ者との思い出【おもいで】だけを胸【むね】に生きていたのだろうか?
(斑鳩)「…そんなつまらぬ質問に答える義理【ぎり】は無い」
(神無ノ鳥)「そうか。…つまらぬか」
(斑鳩)「そなたは疲れておる【つかれておる】のか?『神無ノ鳥』である事に」
(神無ノ鳥)「…分からぬ。ただ、我々には…魂の回収対象【かいしゅうたいしょう】の人間共と同じだけの価値【かち】があるのかと。…そう考える日も無い訳ではない。それだけだ…」
(斑鳩)「価値…だと?」
(神無ノ鳥)「たとえば、人には子を生み育てる【うみそだてる】力【ちから】がある。自分の血を分けて【わけて】子を育て、次の世代【せだい】に夢を託す【ゆめをたくす】事が出来る。だが、我々には……」
(斑鳩)「………」
表情の無い顔でまくし立てる『神無ノ鳥』を冷めた【さめた】顔で見つめながら、斑鳩は考える。
おそらくこの『神無ノ鳥』は、この先、それほど長く【ながく】は生きられまい。
自分自身の存在に疑問【ぎもん】を抱いた時点【じてん】で『神無ノ鳥』はその役目を果たせなくなる【やくめをはたせなくなる】。
少しも心を揺さぶられずに【ゆさぶられずに】魂を回収出来なければ『神無ノ鳥』である意味が無いのだ。
(斑鳩)「つまらぬ事を考えるな」
無駄な忠告【むだなちゅうこく】と思いながらも、斑鳩は『神無ノ鳥』に言って聞かせる。
(神無ノ鳥)「つまらぬ事というのは自分でも分かっている。だが、どうしても頭から離れぬ」
(斑鳩)「考えたところで、どうなる?」
(神無ノ鳥)「どうなるかなど、私にも分からぬ。ただ、考えずにおれぬから考えているまでのこと」
(斑鳩)「……これ以上そなたと話していても、きりがない。失礼させてもらう」
斑鳩が強引に話を打ち切り、その場を離れようとした時。
(神無ノ鳥)「我々は、一体何の為に…誰の為に『神無ノ鳥』であるのだ?…彼岸へと還した【かえした】魂の数【かず】が、我々の価値の全てか……?」
虚ろな【うつろな】声で呟く『神無ノ鳥』の側から、斑鳩は足早に【あしばやに】立ち去った。
(斑鳩)「…つまらぬ事を」
独り言【ひとりごと】を呟いてから、斑鳩はふと背後【はいご】を振り返る。
既にあの『神無ノ鳥』の姿は見えなくなってしまっていた。
自分自身の存在の意味とやらを考え始めた時点で、あの者に『神無ノ鳥』である資格【しかく】は無い。
からくり細工【さいく】のように、ただ淡々と【あわあわと】つとめを果たす事だけが『神無ノ鳥』の役目。
だが数え切れない人の死を見ているうちに、大抵【たいてい】の『神無ノ鳥』は精神に異状【いじょう】をきたす。
永久に【えいきゅうに・とわに】続く退屈な【たいくつな】日常に耐え切れなくなり【たえきれなくなり】、精神が破綻する【はたんする】。
斑鳩は、そんな『神無ノ鳥』を何人も【なんにんも】見てきた。彼らは例外無く【れいがいなく】、気付かぬ【きづかぬ】内に神無山から姿を消してしまう【けしてしまう】のだ。
(斑鳩)「……明日【あす】は我が身、か……」
もしかすると、明日【あした・あす】にでも日常に倦んで『神無ノ鳥』という存在に疑問を抱くかも知れぬ。
斑鳩は小さく【ちいさく】溜め息【ためいき】をついた後、身体を休める為に自分の部屋【へや】へと戻った…。
その晩、斑鳩は夢を見た。