原文 神無ノ鳥 シーン回想 番外編 【振り仮名付き】 八
神無ノ鳥 シーン回想 番外編
八
神無山―閨・斑鳩の夢
(女)「……わっ…わたしの……子を……!ううっ、げほっ!がは…っ!」
あの日魂を奪った筈の女が,必死になって斑鳩の胸にすがりつく夢だ。
(斑鳩)「私は、人ではない。そなたの娘のメン度を見てやる訳には行かぬ」
(女)「お願い…します…。わたしの…子をっ……。でなければ、わたしは……死んでも…死にきれません……」
血まみれ【ちまみれ】の腕を伸ばし、泥だらけ【どろだらけ】の頬【ほほ】を斑鳩の胸にすりつける。
(斑鳩)「………」
なぜ、この女はこうまで必死に斑鳩に取りすがるのだろう。どうせ死んでしまう身ならば、娘を心配しても【しんぱいしても】仕方無かろう【仕方無かろう】。
(斑鳩)「…運が良ければ、娘とは来世でまた巡り会えよう」
(女)「それだは…それでは駄目なのです……」
(斑鳩)「駄目だと?一体何が駄目なのだ」
(女)「生まれ変わったわたしは、既にわたしではありません。…あの子の母ではありません」
(斑鳩)「…何故、そう思う?いくら姿が変わったとて、魂それ自体【じたい】の形は変わらぬのに」
(女)「それでも…違う【ちがう】のでございます……」
女は斑鳩の胸に顔を埋めた【うめた】とき。
(少女)「…母さま、どこかへ行っちゃうの?」
少し離れた所に立っていた娘が、悲しそうに呟く。
あどけない娘はやがて、紗に姿を変えた。
(紗)「それに、この山は母さまが亡くなった場所ですから。村で暮らすよりも、母さまが亡くなったこの場所にいたいんです…」
母に育てられたのは、たったの数年。余りに幼かった紗は、母の記憶すらおぼろげである筈だ。
それなのに何故、目に見えぬ血の絆【ちのきずな】とやらを信じることが出来るのか。
いまわの際に、自らの心配ではなく娘への気遣いを見せたのは何故か。
子を持ったことが無く、その能力も無い斑鳩には理解出来なかった…。