原文 神無ノ鳥 シーン回想 番外編 【振り仮名付き】 三
神無ノ鳥 シーン回想 番外編
三
それから。斑鳩は時折【ときおり】、気が向いた時にあの山を訪れる【おとずれる】ようになった。
不慣れな【ふなれな】敬語【けいご】を口にし、不思議な【ふしぎな】明るさ【あかるさ】を有する【ゆうする】あの娘の様子を見る時もあった。
ただあの獣道に立ち、葉擦れ【はずれ】の音を聴くだけで去ることもあった。
単に【たんに】紗に興味【きょうみ】を覚えただけか、はたまた『神無ノ鳥』の任務に倦む【うむ】ところがあったのか。
彼自身も、まだよく理解できないでいた。
とある山―森
そんなある日のこと。
紗が村から帰るところを見つけ、何気なく【なにげなく】後をおった。
曲がりくねった【まがりくねった】獣道を通りながら、紗は器用【きよう】に山奥へと入っていく【はいていく】。
生い茂る【おいしげる】木々【きぎ】や熊笹たち【くまささたち】を分け入ったところにあったのは。
とある山―社
(斑鳩)「ここは……」
斑鳩の目の前にあったのは、朽ち果てた【くちはてた】社【やしろ】だった。
ふもとの村人【むらびと】が建立した【こんりゅうした】のかも知れぬが、ろくに手入れもされていない。
紗は扉【とびら】を開け【ひらけ】、社の中へと足を踏み入れる【ふみいれる】。
(紗)「…ただいま」
建物【たてもの】の中の呼びかけても、返事は返って来ない【かえってこない】。ただ僅かに【わずかに】、紗の声が反響する【はんきょうする】だけだ。
内側【うちがわ】から扉【とびら】が閉じられて、紗の姿が見えなくなる。
(斑鳩)「………」
紗は今までずっとああして一人、人の寄り付かぬ社の中で過ごして来たのだろうか。
山を降りて村で過ごせば、いくらでも暮らし向きは楽になる【らくになる】だろうに。
それとも何か、村へ降りられぬ事情【じじょう】でもあるのだろうか。
この間【あいだ】見た紗の明るさとは裏腹【うらはら】の光景【こうけい】に、斑鳩はしばし言葉を失う。
(斑鳩)「…人間というのは、分からぬな」
ぽつりと洩らした後、斑鳩は再び熊笹を掻き分けてそのばを離れた…。
出處:[すたじおみりす team L←→R] 神無ノ鳥