それは成功する日も
舞台はハワイだ。水族館で働く主人公が初めて行ったカフェで会った若い女性に一目惚れをする。もともとプレイボーイなので上手に声をかけてとても良い感じになるのだが、次の日に同じカフェで顔を合わせても彼女はなぜか知らん顔をする。実は彼女は交通事故のせいで「記憶が一日しかもたない人」だった。もちろん彼女自身は何も知らない。
家族(父と弟)はそんな彼女に合わせて、毎日同じ一日を演じている。事故にあったのは父親の誕生日だったのだが、毎日その誕生日会をし、彼女から同じプレゼントをもらい、テレビも新聞もその日のものを用意しているという徹底ぶりだ。けれどもたまには、ふとしたことから彼女にそれが嘘であることが分かってしまうこともある。その時は正直に事故のことを彼女に話し、その病状について教える。当然彼女は驚き、絶望して泣く。けれども、次の日になればそれさえ忘れてしまうのだ。
水族館の彼は、だから毎日彼女を口説く。それは成功する日もあれば失敗する日もある。どちらにしろたった一日でリセットされる。彼女にしてみれば、誰かと出会って恋をしてファースト?キスをするという、一番しあわせな時を繰り返しているのだけど、彼にしてみれば未来がない。そこで彼は、彼女の事故のことや記憶が一日しかもたないこと、そして彼の存在についてをビデオに撮影した。彼女は毎朝その「おはよう??(彼女の名前)」というビデオを見て、自分の現状を知って絶望するところから一日をスタートするようになる。そうして少しずつ未来へ……というおはなし。
朝、ビデオを見て現状を知って一日をはじめる。
自分も、だいたいそれと同じようなことを毎朝やっているんじゃないかと思った。朝が来て一瞬、過去(あるいは夢)と現在がごっちゃになって妙な繋がり方をすることはない?はっきりと目覚めてくるにつれて、ああ、夢だったんだとがっかりしたり、あれはもう済んだことなんだとほっとしたり、あれはもう終わってしまったんだと残念に思ったり。絶望ではないけれど、現実を思い出してなんとなく「はぁー」という溜息が最初に来て、それからよっしゃやるかと「今」をはじめるような……。
毎朝同じ事を思い、毎日同じ事を考えて同じ答えに行き着いたり、考えても仕方のないことを考えたりする。そういうの、いっそのこと全部書いておいて、起きてすぐに見たらどうなんだろう。「これらは、これこれこういうふうに決着ついてます。以上!」なんて。もうそれらを一気にアタマから排除したところから現実的な一日をはじめたらどうなんだろう。
それでもやっぱり考えるんだろうな。同じ事を同じように考えたとしても、昨日と今日では「私」も違う。そう考えたら変わるのは私だけじゃないかもしれない。何度も同じ事を考えるのは変わっていく事に希望を持っているからなんだろうなぁ。
已是無法自已的愛 Who passing lonely life? 時過境遷的思念 梧桐花開的希望 在這流年遺落的愛情 勝戦国と敗戦国 ほっときましょ 過瘦導致的危害 西瓜竟然可以防嗮 知識和膽量是成功的墊腳石