2009-07-11 20:19:38Witch of Haze(葬風魔女)

いつかの事(日本語での実験的なイメージ小説)





「口なしの  淋しう咲けり  水のうへ」

百人一首 松岡青蘿(まつおかせいら)

 

 

 梔子 (くちなし)がその実の口が開かないところから、「口無し」の名をつけたという説があるんだ。

 梅雨の日、雨の付けた梔子の姿がすごくきれい。いや……それは、古い詩人の藤原俊成の幽玄(ゆうげん)と呼べるだろうと思う。

 が……悲しさばかり観得る【みうる】俺、一体誰かが「洗練、優雅」「喜びを運ぶ」を梔子の花言葉と定義したか、と考えていた。

 

 *

 細雨が降りとまぬ、梔子がおちれと脅した【おどした】ようなさまを見ている。

 

 「傘、持ていませんか?」

 「ふん……」

 

 ある男が話しかけてきた。俺、邪魔されたくなかったんだ。

特にこの場合で。

 

 「へぇ……」

 

 まだいるか、てめぇ。

 

 「ざーざー……」

 「うるせい……」

 「あっ、わたくしですか?」

 

 男はしゃがんで、梔子を見ていた。彼は真っ黒いスーツを着ていた。

 

 「先、お墓参りに行った。」

 

男は自分でしゃべり初めた。付き合いたくないから黙っていた。

 

 「あの子、はぁ……まっ、わたくしよりずっと幸せだろう。」

 (まったく関係ない話じゃないか……)

 「てめぇ……」

 「あげます。では。」

 

 男は笑って傘をくれて行ってしまった。

 

 「なにを……!」

 

 気づいた時、すでどこかへ行ってしまった。

 

 「あっ……何なんだよ、あいつ!」

 

 雨は弱くなったそうだ。

 

 「……よかった。」

 

 俺は梔子を見ていた。

 静かに、クチナシのような、咲いていた静寂(しじま)。

 

 「帰ろう……五時だ。」