2006-09-15 19:11:15小葵

東京タワ-36

詩史さんはバッハが好きだ。マンションにいくと、ときどきかけてくれる。
「先週は由利ちゃんとスキ一にいったし」
「へえ」
「来週はバイト先の連中とまたスキ一だし」
「へえ」
「もうすぐクリスマスだし」
いつからだろう。いつから耕二と電話をしてるときまで、詩史のことを考えるようになったのだろう。
「透は?忙しいの、最近」
いや、とこたえて、もう一度時計をみる。三時四十五分。
「べつに忙しくなんかないよ、冬休みだし」
「何してんだよ、毎日」
「……本読んだり」
本は、詩史との、数少ない共通項の一つだ。
「ああ、このあいだはバスケットを観にいった」
「バスケ?なんで?」
「……誘われたから」
みんな理由を訊くのだ。コ一どレスフォンを肩ではさみ、透はやかんを火にかける。
「どうせ一回戦負けだろ?」
透の大学は、スポ一ツで名を馳せたためしがない。
「あとは、そうだな、週に二回家庭教師のバイトにいくくらいかな」
一年前から中学生に英語と数学を教えている。
「暇そうだな」
「暇だよ」
カップにインスタントコ一ヒ一の顆粒を入れ、やかんから湯をそそぐ。たちまちうすっペらな香りが鼻にとどく。
「詩史さんは元気?」
「ああ」
透はコ一ヒ一を啜り、三たび時計をみつ。詩史の話はしたくなかった。してもわかるはずがないのだ。年上の女を故意に選んでたのしんでいるような耕二に。

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