2004-07-29 18:58:07pochi

街之生活

されどわが町 より 抜粋


「ごめんごめん。」
 浩介は、さすがに少し悪びれた様子で、私に向かって駆けてきた。
 ちょうど電車が着いたので、改札口で待っていた私からは、人並に揉まれて彼の姿が見えなくなった。
 すこし、人の密度が薄くなったとき、彼は既に私のとなりに立っていた。
「ごめん、ごめん。遅くなって、」
彼は、頭を掻きながら、そう謝った。
 見ると、彼はいつもの通りの綿パンにトレーナ姿で、モスグリーンのスーツなんか着てきた自分がなにかとってもちぐはぐだった。
「ごめんね、ほんとにごめん。」
彼は、繰り返した。
「メイじゃなけりゃ、どうでもいいのね。」
「いや、そうじゃないけど。」
「せっかくの、デートなのに。」
「ごめんよ、遅くなって。」
「おそくって、今何時よ。」
「ごめんよ。」
「まったく、メイしか大事にしないの?」
「そんなことないよ。」
 全く得な性格である。
 話しているうちに、私は、怒るよりも、吹き出してしまった。しかたなく、表情を引き締めなおしてから言ってやった。
「お茶飲んで、映画見て、ボーリングして、生ビールだからね。」
彼は、諦めたような、呆れたような顔で、
「はいはい、おひいさま。」
と言って例の極上の笑顔を見せてくれた。