これからのデザインとクリエイション
これからのデザインとクリエイション 深澤直人インタビュー
総合ファッションアパレル企業、ワールドが年に一度実施する若手デザイナーのためのオープンコンペティション「WORLD Space
Creators Awards 2010」(以下、WSCA)の審査が、2010年2月18日にワールド東京オフィスで行われた。これは、ワールドグループにおける店舗空間のデザインやディスプレイ表現を募集するもので、原則、大賞受賞者は実際にワールドの店舗デザインを任されるという若手にとっては非常に魅力的な企画だ。当日の審査会では、審査員の熱のこもった議論が展開され、若手への大きな期待感が感じられた。moonlinxはその熱気も冷めやらぬ審査会の後、審査委員長であるプロダクト・デザイナー、深澤直人氏にインタビューを敢行。この激動の時代に、クリエイターはどこに向かえば良いのか、お話を伺った。
―今回の審査全体の感想を教えてください。
深澤 ここ数年、応募者が二つのパターンに分かれるようになってきた感じがします。一つは、いわゆる狭い領域に絞ってくる応募者。一見保守的でよくありがちな空間ですが、よく考え抜かれていて丹精に作り込んでくる人です。もう一つは現状や既存の空間や条件はあまり考えず、人の内面的でポエティックな世界観を表現しようとするタイプ。それを価値として賛同者を集めるコミュニティ的な空間を作ろうとしている人たちです。どちらもレベルは高く魅力的だと感じています。でも今年はどちらかがというと、後者が目立ったかな。そして、それを意外に審査員全員が新鮮だと受けとめていました。
―このような傾向は、世の中のどのような背景から生まれてきたのでしょうか?
深澤 時代が厳しくなって、消費は減っていますよね。消費者自体が商品をよく吟味するようになり、微細な感覚が高まるようになる。賛同できないものは簡単に買わなくなっています。そうなると、商品の本当の価値は一体どこにあるのかを探ることが、応募者としてのポイントになると思うのです。また、WSCAで扱う分野のデザインは、消費に一番近い領域だとも思っています。「ファッションを売る空間を作ろう」というコンセプトは、消費者が慎重になっている時代ととても密接な関係があるので、応募作品にもそれを反映した形が端的に現れているのではないかと。
WSCAの審査風景。審査員には深澤氏をはじめとして、近藤康夫氏(インテリア・デザイナー)、仲佐猛氏と中道淳氏(ともに写真家/ナカサ&パートナーズ)、高橋紀人氏(デザイナー/Jamo associates)、神林千夏(スタイリスト)、服部滋樹氏(デザイナー/graf)が名を連ねる。
―あえて挙げるとしたら、今回の選考ポイントはどこにあるでしょうか?
深澤 WSCAでは、審査員は応募アイデアの空間を通じて、商品とお客さんとの間で発生する対話やインタラクションにどんな魅力があるのか、という部分を想像しながらジャッジをしなければなりません。ですから、ただ単に格好良いだけでは選ばれるのは難しい。店舗空間のデザインですから、そこを訪れる人の気持ちに近づけるようなアイデアでなければ最終選考には残らないでしょう。
―今回、Tシャツの販売店舗の空間デザインからTシャツそのものまでのデザインを募集するカテゴリー「JOY-T」も新設されました。この審査には、ファッション・デザイナーの菊池武夫さんが参加されましたが、ファッション的な要素が強い部門の審査はプロダクト・デザイナーである深澤さんにとって、新鮮なものだったのではないでしょうか?
深澤 そうですね。Tシャツはすごくたくさん種類もある分、自ら選び、それを着た人自身がデザイナー的な存在になるところがあるんです。作る側の専門性がなくなってきていることもありますが、具体的に言うと、作った人に賛同して買うより、「自分がこれを選んで着ている」ことで自分のクリエイティビティを発揮する製品なんじゃないかと審査を通して感じました。
WSCAにはプロフェッショナル部門のほかに学生部門も設置されており、若い感性からの提案も積極的に募集している。
―買う側がクリエイター、ということでしょうか?
深澤 ええ。今後は誰でも、ものを作って、店も作って売るようなことが増えていく気がします。プロフェッショナルという立場でなくてもデザインができる。デザインの道具もコンピュータのアプリケーションとして著しく進化していることもあり、いろんなものづくりに参加するようになる。反対に素人くささが魅力になったりもする。Tシャツなどはその顕著な例でデザイナーのデザインするものではなくなってきていると思います。つまり、自分で思ったことを簡単に表現できる時代になるので、デザイナーと称さなくても、そこに賛同する人がお客さんになっていくし、プロフェッショナルとアマチュアという区別はなくなるでしょう。ことTシャツにおいてはそれが顕著で、ファッション・デザインとして確立された世界ではあるものの、使う側の意志の表現媒体であるような気がします。
―なるほど。先ほど、お客さんを気にしないポエティックな作品が多いとのお話がありましたが、それはビジネスとは相反するようにも感じられます。しかし、お話を聞いていると、深澤さんはこのような思想もポジティブに受け止められていらっしゃるんですね。
深澤 そうですね。彼らは、あまりビジネスを考えていません。むしろ、自分がセレクトしたものを自分の店で売り、そのスタイルに共感し集まってくる人との対話を楽しむことが価値なので、それでいくら儲かったとしても彼らにはあまり関係ないんです。でも、実はそれがビジネスとしてのポテンシャルが高い。例えば、これまでは特定の人物やものだけに評価が集中していましたが、 Twitterなどをはじめとしたインターネット上の対話や情報は、その人なりの価値によって情報に序列がつく。以前は決まったメディアが加工した情報しかなく、マスを対象にした作られた情報のもとに判断されていましたが、今は自分の世界観にあったリアルな情報が自動的に集められる。そこに集まるコミュニティこそが価値あるメディアになっていくんだと思うんです。だからだれでも人を集められる力が備わっているということでもあるんです。
審査員の表情も時を追う毎に真剣さを増す。当日の審査はおよそ5時間に及んだ。
―つまり、本質なところで評価されるということですよね。そうなるとデザイナーに関しても、若手も大御所もみんな同じ土俵で審査されるようになりますね。
深澤 本当にそうですね。ブランドや商品力、考え方全てがはっきりと試される時代が来ます。だからこそ、コミュニケーションは嘘が言えなくなると思うな。
―ご本人としては、この状況にはワクワクされますか?それともシビアに頑張らないと、と思われるのですか?
深澤 あまり変わらないですね。僕は人の顔色をそんなに見ていないからなぁ(笑)。でも、人間同士がシビアになるのは嫌ですね。そこには、僕はあまり入りたくない(笑)。
―ありがとうございます。では、そんな時代に向かっていく、若手クリエイターにアドバイスをお願いします。
深澤 どんなプロフェッショナルであれ、クリエイターには、抽象的だけれど、「気持ちが良い」や「心地が良い」など、「良い」ことが分かる感受性が備わってないといけない。ただ良いもの作ろうとしても、なにが良いものかを自分が分かっていないといけない。明確に良さが判断される時代では、「この感じいいじゃん」と分かる、その絶妙さをより多くの人が分かるようになると思います。でも、それを具体化できる人は、それを分かる人でしかいないんです。感受性を磨いてほしいと思います。
―審美眼ですよね。
深澤 そうそう。味もそうじゃないですか。本当に美味しいとされているものって、なかなかその良さが分からなかったりする。今、料理は美味しさのレベル自体もかなり極まっていますしね。それと同じように、今後はデザインや他のジャンルのクオリティも著しく極まってくるでしょう。全体の平均レベルが上がってくるし、そこにお金が付いてくるから。何度も言いますが、いい加減なことには誰もお金を払ってくれないでしょうね。
深澤直人/Naoto Fukasawa
「Without Thought」と表現する自身の思想のもとに、人間の無意識をデザインに置き換えるワークショップを開催し続ける。2003年に独立し「Naoto Fukasawa Design」を設立。イタリア、ドイツ、フランス、北欧を代表するブランドの仕事の他、国内の大手メーカーのコンサルティングやデザインを多数手がける。「MUJI」壁掛け式CDプレーヤー、「±0」加湿器、「au/KDDI」INFOBARとneonは、N.Y. MOMA永久収蔵品となる。2006年、ジャスパー・モリソンとともに「SuperNormal」を立ち上げる。受賞歴は60賞を超え、2007年にはロイヤルデザイナー・フォー・インダストリー(英国王室芸術協会)の称号を授与される。武蔵野美術大学教授、多摩美術大学客員教授。2010年度グッドデザイン賞審査委員長。著書「デザインの輪郭」(TOTO出版)、共著書「デザインの生態学」(東京書籍)、作品集「NAOTO FUKASAWA」(Phaidon)。21_21 DESIGN
SIGHTにて写真家・藤井保氏との展覧会「THE OUTLINE 見えていない輪郭」を開催し、同タイトル書籍を出版(アシェット婦人画報社)。
「WORLD Space
Creators Awards 2010」
アパレルメーカーワールド主催による新しいショップスタイルを募集するデザインコンペティション。国内外のクリエイターを発掘・起用し、その斬新なアイデアを実現することを目指している。ショップまるごとの空間デザイン、ショップヴィジュアルとしてのインスタレーション表現など、部分的な提案からトータルデザインまで、対象範囲の大小は問わない。実際のショップスペースで実現することを前提として、自由なアイデアを募集している。今年は特別部門として、Tシャツにまつわるさまざまなアイデアを募集する「JOY Tコンペ」も同時開催。
<審査員>
審査員長:深澤 直人(プロダクトデザイナー)
審査員:近藤 康夫(インテリアデザイナー)
ナカサ&パートナーズ 仲佐 猛(写真家)/中道 淳(写真家)
Jamo
associates 高橋 紀人(デザイナー)/神林 千夏(スタイリスト)
graf
服部 滋樹(デザイナー)
特別審査員:菊池 武夫(クリエイティブディレクター)